1.はじめに:建て替えかリフォームか

 東京のとある坂の途中にある、建売の3階建て狭小住宅に夫と二人で住んでいた。敷地は約50平米=約15坪。ぱたんと倒れそうな細長い家で、冬は凍りつくように寒く、夏はこたつに入っているように暑かった。でも、家なんてこんなもんだと思っていた。私が育った家もそうだったしね。

 ところが、世の中がだんだん進んできた。窓や壁、屋根をぶ厚くして家の断熱性や気密性を高めれば、暖房や冷房が要らなくなるくらいに快適になり、過ごしやすくなるという。そのエコリフォームには社会的な意義もある。各家庭で使う冷暖房の効率がよくなれば、国全体の省エネルギーに大きく貢献するからだ。暖房をしてもしても、冷房をしてもしても、そのまま家の隙間から外に出てしまう家に住んでいることに、罪悪感を感じるようになってきた。

 私にとっても、エコハウスが実現できるのならこんなに嬉しいことはない。冷え性の私がこの家で冬を過ごすためには、モコモコの部屋着や、羽毛入りの室内履きのブーツが必要だ。座る時には必ずおしりの下に電気座布団を敷くし、足元には電気カーペットも欠かせない。

 こういうものを使わずに冬が過ごせるのなら、素晴らしいじゃないの。背中を丸めてじいっと縮こまっている暗い冬の生活から、おさらばできるのかしら。



←【足先の冷たーいのもこれで解消 超冷え性用ダウンルームブーツ】


 家の断熱性能を高める方法を、本を読んだり、ネットを検索したりして色々調べた。なかなか楽しい作業だった。「無暖房、無冷房の家に住む」なんていう本を書いている人までいた。本に見学可と書いてあったので、埼玉県にある著者の家まで行ってみた。

 その人は家中の壁と屋根裏と床下に、セルロースファイバーという新聞紙を粉砕してホウ酸を混ぜた断熱材を充填したんだという。ガラスからの放熱を防ぐためだと、家中の窓に天井から床に引きずる長さのカーテンをかけていた。通常は空洞になっているバスタブの外壁と内壁の間にも、穴を開けてセルロースファイバーを充填したそうだ。冷めることが無い24時間風呂になったと得意げに説明してくれた。

 行ったのは真冬だったけど、確かにその家に暖房無しで数時間いることができた。私にはちょっと寒くて、足先が冷たくなったけれど。

  
(↑ 暑がり、寒がりなら、家の断熱にはこだわったほうがいいと思います)

  いいなあ、セルロースファイバー。私も家中の壁と屋根と床下に詰めよう。そうすれば冬の冷たい隙間風も、夏のむわっとした熱気もシャットアウトだ。ホウ酸でゴキブリも来なくなると聞いた。しーんとした空気の家の中で、快適に過ごすのだ! 家に新聞紙とホウ酸の布団を着せるのだ!

 そう思って、リフォーム屋さんに声をかけた。そうしたら、やってきた工務店の人は、あれこれ調べておもむろに言うのだ。

「この家、傾いていますね。地盤が南西側に沈んでいます」




 うちは斜面に建っている。うちより高い側に、15年位前に高層マンションが建った。マンションの建築会社は、境界の斜面の工事をした時に、うちとマンションの間のよう壁を取り替えてくれた。新しいよう壁になってよかったと思っていたのは甘かった。
15年たった今、よう壁ごと家がずるりと4~5センチ傾いているというのだ。言われて見てみれば確かに、うちの基盤にもひびが入っている。

「これは難しいケースですねえ」

 相談した専門家みなに言われた。家が傾いているのが、マンションが建ったからなのか、うちのもともとの作りが悪かったからなのか、現状では特定できない。マンション側に責任を求めるなら裁判になるだろうが、それにはすごく時間とお金がかかるだろう。

 暖かい家にリフォームしたいというほんわかした希望が、まずは傾いた家を直してからという大がかりな話になってきた。あまりにも突然で、ピンとこなかった。言われるまで気づかずに生活していたんだから、このままこの先もいけるんじゃないのかしら。

「5年や10年は大丈夫かもしれませんが、20年となるとわかりませんよ」

 傾きを直す色々な方法も検討してみた。家の下に大きな注射器みたいなものを差し込み、凝固剤を注入して地盤を固める方法や、家をジャッキアップして、傾きに支えをかます方法など、いろいろある。業者に見てもらってはすまなそうに言われるのだ。

「まっすぐにすることはできますが、建て直すのと同じくらいのコストがかかりますよ」と。

 このままどれくらい住み続けられるものなのか。けっこう気に入っているこの家を売ることも考えるものの、なかなか解決策は見出せなかった。その間も傾きはちょっとずつ進む。 閉まり切らずに三角形のすき間が空くようになった網戸から、夏は蚊やゴキブリがどんどん入ってくるようになった。いよいよ家がダメになった時、私たちに住み替えをする余力は残っているのか。

 それでようやく決心した。家を建て替えよう。しょうがない、もう一度ローンでお金を借りよう。夫の定年まであと15年。それまでに返せるように、最小限の費用で死ぬまで安心して住める家を作るのだ。

そうして人生何度目かの、大きなイベントが始まることになった。

>>2.設計士が決まるまで3年に続く


     
(↑ 家づくりの前に本は50冊は読んだ方がいいそうです)